中日甲午戦争勃発から125年、沈没した北洋艦隊「定遠」は山東省威海市に

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中日甲午戦争(日清戦争)の勃発から125年にあたる今年、新たな発見があった。黄海に沈没した清代の北洋艦隊「定遠」の位置が、ほぼ確認されたことが明らかになった。
 2日、中国国家文物局の水中文化遺産保護センターは、水中探査機器による調査や文献資料により「定遠」の沈没位置の確認作業を進めた結果、「山東省威海市の劉公島付近」で、3メートルにおよぶ泥の層の下で船体を発見、船体に対する調査を展開したと発表。
  「定遠」は、清朝(1644-1912)の依頼を受け、当時のドイツ領で建造された7千トン級の装甲艦、1885年に北洋海軍に配備されて旗艦となった。1894年の黄海海戦において主砲の威力と装甲の強力な防御力が示され、一時「不沈艦」とも称されたが、1895年の威海衛防衛戦で日本軍の魚雷艇による夜襲を受けて被弾し、損傷。最後は日本軍に奪われるのを避けるために自爆、自沈した。
 威海湾の水中考古学の調査は3年前から行われている。中日甲午戦争勃発125周年にあたる今年の7月から8月には、国家文物局水中文化遺産保護センターや中国甲午戦争博物院などによる合同チームの専門家約30人が、主要領域の第1回調査を実施した。深さ1~3メートルの厚い泥の層の下から船体と100点以上の遺物が発見された。不確実な要素も残るため、調査は来年も引き続き行われる予定。

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